

お盆参り
コロナ禍のお盆を迎えて今年は例年と違ったお参りをしています。コロナが蔓延してきた春先からお寺の行事を全て中止しています。お盆参りは皆さんどうするのかなと思いましたが、檀家さんの95%がお参りしてほしいと言う依頼があり、8月に入ってからお盆参りをしています。今年は例年になくお...


「死の教育」の必要性
先日、開催されました訪問看護協議会に講師として迎えられ、「臨床宗教師としての経験」をお話しさせていただきました。アメリカの病院やホームで看護の仕事(認定看護助手)と心のケア(臨床宗教師)に従事してまいりましたと挨拶させていただきました。今回お話しさせていただいたのが、「死の...


死の縁に遭って、仏縁に会う
先日の法事での話: お亡くなりになられたご主人様の1周忌でのこと。 家族・親族様が御参集。 一同でお経を読み上げ、お焼香もし、御文章拝読に、法話をいう流れ。 法話のときには: お釈迦様の言葉「人間生まれたときには十分に歳をとっている」とお話させていただきました。 ...


立木観音の世界
「人間は死ぬるために生きるのではない」という言葉をよく耳にします。「永遠の今を生きる」とかもよく聞きます。 人間は日に日に成長するのだろうか? 肉体的な老い、そして死へ向かう老人達。そうした中で人間の精神的な内面の深まりをいただいているのだろうか?...


自己の外(そと)に何かを求めてもダメ!
ついつい何かを掴もうとしてしまう。「悟りとは何か?」を求めて仏道を歩もうとして掴もうとしていますね。もうそれが間違いで。 自己の内にしか、真実はないのですよね。 仏道を求めていると、「わかったわかった、そういうことか」と思ってしまう時があります。そう思うのがそもそもの誤り...